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家紋

谷中霊園です。
http://ya-na-ka.sakura.ne.jp/hirobeSeibei.htm

DSC00428s.jpg

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

栃木県に大雨特別警報

ニュースを見ていたら、住民へのインタビューで
「50年以上住んでいるけど、こんな大雨はじめて」
2015.09.10

自然災害は、もっと長いスパンでみなくちゃ…。

未曾有の水害に遭遇せる栃木県民、北海道へ移住したんですよ。
明治時代。

明治44年【釧路新聞】
http://www.city.kitami.lg.jp/docs/2557/

北海道国有未開地処分法完結文書


うわわ〜!! なんと!! 一人で読むのがもったいない!!

北海道立文書館では、一度に5冊まで閲覧請求することができます。
今回請求した5冊は、なんと全件、戸籍が付いていました。

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北海道出身者が自分で!自力で家系図を作成する!

北海道出身者が自分で!自力で家系図を作成する! その1 →まずは大通証明サービスコーナーへ
http://maruko.hateblo.jp/entry/2012/10/20/130613
「丸子のメモ」さん

そして、テーマ曲はこれ!! この曲以外、考えられません!!

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十勝地方の郷土資料集めメモ

帯広市図書館
https://www.lib-obihiro.jp/
パスファインダーの中に「帯広の歴史を調べる」「ルーツを探し、自分史をつくる」あります!
郷土資料地図ギャラリーもすてきです!

古書専門 春陽堂書店
http://www.e-kosho.com/tokachi.htm
十勝・帯広に関する本のリスト

十勝上川森林鉄道
http://jm-hokkaido.sakura.ne.jp/is-rail-tokatikamikawa1.html

奥瓜幕(おくうりまく)◆村影弥太郎の集落紀行◆
http://www.aikis.or.jp/~kage-kan/01-2.Doto/Shikaoi_Okuurimaku.html

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お墓参りは念入りに

石を彫って、記録を残す。想いを残す。
それを見つけて後生に引き継ぐ。

子どもの頃からお参りに通っていた墓地の手水鉢に、
自分と同姓の人の名前を見つけてびっくり仰天!!
なぜ!! 今まで気がつかなかったの!! 自分!!

それ以来、碑を見つけたら、奉納者、寄付者の名前を
もれなくチェックするようにしています。

もうすぐお盆ですね。

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大崎広小路駅前だったのかも

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以前から探していた五反田の大橋食堂。五反田駅前ではなく、大崎広小路駅前だったのかも知れません。「現ゆうぽうとのところにあった」五反田で創業85年の岡崎写真館様から情報いただきました。貴重な情報をどうもありがとうございました。大崎広小路駅は昭和2年開業なので、祖父が働いていた昭和5年にはありました。

こちらに周辺地図がありました。
昭和初期の池上電鉄大崎広小路駅周辺を見る
http://xwin2.typepad.jp/xwin2weblog/2012/06/sssosakihgmapo.html
眺めているだけで楽しい地図です。駅、工場、会社、学校、鳥居がみえます。にぎわっていたのじゃないかな。ここに大橋食堂の記載はありませんが、商店街の地図や住宅地図を探してみようと思います。
あれ?地番がわかれば土地台帳がとれるじゃないか!
11番地か12番地あたりかな?ダメか。町名が全然わかりません…。
あっ。今の住所で請求するからいいのか。
ちゃんとあったことが確認できてからにしよう。

山田風太郎の『戦中派虫けら日記』になんと大橋食堂の様子が出てきます。

首都圏鵜川会開催の履歴http://ayakomai2.web.fc2.com/ukawakai-0000/ukawakai-001/ukw-001.htmlをみると昭和42年から44年の開催会場が大橋食堂(五反田)となっています。

またまた岡崎写真館様から情報をいただきました。
しながわWEB写真館 http://www.city.shinagawa.tokyo.jp/photo/
すごい量の写真がアップされています。
「車が連なる第2京浜」で検索すると出てくる 写真
ID: 8122
タイトル:大崎広小路
撮影年月日:1964年(昭和39年)
撮影場所:西五反田1丁目
右端に見える大橋酒場の看板が気になります。
ちなみに左上の大橋印舗さん、今もあります!
http://www.e-gotanda.jp/index.php?id=150
戦前から戦後まで続いた大橋食堂の情報を引続き探していこうと思います。

写真の青年、ひとりは柏崎駅前で食堂を開業しました。
原酒造 地元の味紹介【柏崎・食事処 おおはし】
http://www.kuramotokai.com/kikou/28/local

もうひとりは滝川で関矢商店、関矢製麺を開業しました。

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栃木の郷土資料メモ

『下都賀郡誌』
『小山市史』
『栃木の苗字と家紋 上巻・下巻』
『まんが栃木の歴史』

栃木県立図書館
http://www.lib.pref.tochigi.lg.jp/
県内図書館の資料を一度の操作で検索できて便利です。
調査相談カウンター、レファレンスサービス、地域資料・情報ナビが親切。

栃木県文書館
http://www.pref.tochigi.lg.jp/m58/education/bunka/monjyokan/toppage2.html

栃木県の郷土史リスト
http://www.humikura.com/kyo/kyo20.html

(7/30追記)
歩く地図でたどる日光街道
http://tochigikanko.web.fc2.com/niko-dochu/chizu-pdf/k-40.pdf
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小山市の墓地
http://www.oyama-ct.ac.jp/tosyo/kiyou/kiyou42/25-OryuHiroshi.pdf

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郷土資料探しの旅♪出発地編

戸籍の先の家系調べ 其の四 移住前(前居住地)の郷土資料探し

 北海道へ渡ってくる前の居住地の郷土資料を探します。郡史や市町村史などです。
ネットで検索して、内容まで確認できるものがあります。読みたい本がみつかったら、近くの図書館で予約します。相互貸借制度で取り寄せてもらえます。便利ですね~。
レファレンスサービスを利用することもできます。

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広部農場(東川町)の土地の文書



明治29(1896)年、岩本岩太郎が貸付をうけ、同36(1903)年成功付与の許可をえたときの文書。はじめは、新潟の人が申請してたんだ。あれ?ずいぶん人が変わってる…。名前が出てくるのは岩本で4人目。広部は5人目。この文書に広部の名前は出てこない。なので人名索引には入らない。人名索引だけみて、ないからとあっさりあきらめるのはもったいない。

同38(1905)年広部清兵衛に売渡して広部農場となりました。

#広部農場(東川町)#広部拓殖合名会社 #広部清兵衛

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十勝国上川郡

あれ?上川郡って国は、どこだろう。
天塩国上川郡、石狩国上川郡もある。
あっ!十勝国でしょう。
ありました、ありました。十勝国上川郡人舞村。

IMG_0674ss.jpg

まずは、『北海道国有未開地処分法完結文書』に目を通します。
人名索引、地名索引(カード式)、目録から目的の土地を探します。

索引から探すとすぐ終了。目録を読み始めるとはまります。
時間がいくらあっても足りないくらい。

IMG_7942.jpg

ほほう、なるほど、なるほど…。

では、郷土史を探してみましょう。

『清水町五十年史』S28.3.30
『清水町史』S57.1.30
『清水町百年史』H17.2
『十勝史』
『新十勝史』
『十勝史夜話 上』
『十勝史夜話 中』
『十勝史夜話 下』
『トカプチ 十勝郷土研究』

読み切れませんでした…。

栃木からの移住は、明治34(1901)年11月、北清水に速見熊次郎と生沢佐太郎が開墾についたのが、はじまりでした。来住者府県別比較表(人舞外一村戸長役場部内)を見ると明治38年は、2戸12名。明治39年には、1戸1名!!明治40年には3戸13名。

『清水町史』 こちらから読めます
http://www.tokachi.pref.hokkaido.jp/d-archive/sityousonsi/shimizu_gaiyou.html

十勝開墾合資会社農場の写真
http://www.shibusawa.or.jp/eiichi/yukarinochi/album/01-J-0364-B0077-ph02.html

十勝開墾合資会社農場旧事務所の写真
http://www.shibusawa.or.jp/eiichi/yukarinochi/album/01-J-0364-B0077-ph01.html

やっぱり帯広百年記念館かな
http://www.octv.ne.jp/~hyakunen/jouten2/jouten2-01kaitaku.html

あら、これ便利「災害を契機とした北海道への移住事例」
http://www.agr.hokudai.ac.jp/kokudohozen/documents/immigration.pdf

十勝・帯広に関する本
http://www.e-kosho.com/tokachi.htm

1. 移住年月日&住所がわかっているので、帯広百年記念館に何か資料がないかを問い合わせる。
2. この住所を現在の住所に置き換える。
3. 法務局で土地台帳を閲覧して、所有者を確認する。
本人? 依田勉三? 渋沢栄一? 誰が出てくるのか…。誰だろう…。

北海道十勝清水町の歴史
http://www.town.shimizu.hokkaido.jp/town/history.html

小熊のミル公物語
http://www.tonxton.com/blog/?p=6395

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北海道国有未開地処分法完結文書

移住年の訂正です。明治39年ではなく、大正時代に入ってからでした。
入植地は、上川郡。
北海道国有未開地処分法完結文書を見てきます。
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/sm/mnj/d/guide/a/a07-kaisetsu.htm

ガ〜ン。上川支庁分は散逸…。とりあえず、行ってみます。

支庁文書は、火災など各支庁の保存事情によって残存数に大きな開きがあります。十勝支庁・根室支庁などの文書はそれぞれ千数百点が当館へ引き継がれていますが、上川支庁分は散逸し、空知支庁分は焼失したため、引き継がれておりません。

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栃木から北海道への移住(検索メモ)

とりあえず、ざっくり検索してみた結果です。

「栃木開基百周年記念之碑」(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/local/tochigi/feature/CO004136/20130527-OYT8T00679.html

足尾銅山鉱毒罹災者移民団長「開拓の群像」(pdf)
https://www.town.saroma.hokkaido.jp/shoukai/files/10gunzou006.pdf

【映画】鉱毒悲歌 撮影から35年。幻の記録映画が蘇る。
http://www.hokosha.jp/koudokuhika/saroma.html

幻の記録映画『鉱毒悲歌』がついに完成(栃木文化社ビオス編集室)
http://www.bios-japan.jp/columns/20140701_chiiki.html

足尾から来た女(NHKドラマ)
http://www.nhk.or.jp/dodra/ashio/

◇野付牛村有志による栃木移民団の歓迎 ◎『釧路新聞』を閲覧して(北見市)
http://www.city.kitami.lg.jp/docs/2557/

足尾鉱毒被害・北海道移住100年(科学史技術史研究所)
http://ihst.jp/2011/01/足尾鉱毒被害・北海道移住100年/

谷中村連絡ノートより
http://www8.plala.or.jp/kawakiyo/kiyo42_2001.html

すごいな、この年表(xls.file)
常呂の歴史
http://www.city.kitami.lg.jp/docs/2014070500016/files/tokorohistory.xls

これはすごい!!
栃木県からサロマへの移住者名簿
http://www.town.saroma.hokkaido.jp/shoukai/files/002ayumi1.pdf  栃木開基開校70周年記念 栃木のあゆみ

栃木から佐呂間への移住について、ネットで詳しくわかるのは、足尾銅山事件という特殊な事例のためですね。私が探している人は、明治39年に渡道しているようなので、この団体とは違いますが、行程表がとても参考になります。出発地が同じ。青函連絡船での火災、貨物列車で脱線、野付牛から留辺蘂までの馬そり、そこから12キロの山道を年寄りや幼い子の手を引きながら歩くって、想像を絶するものがあります。他の地域でも似たようなものだったでしょう。ご先祖様、生き延びてくれて、本当にありがとうございます。









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郷土資料探しの旅♪到着地編

戸籍の先の家系調べ 其の参 移住地の郷土資料探し

 戸籍をさかのぼって、たどりついた地名。今まで聞いたこともなかった地名が出てきたりして、とっても気になります。○○県××郡△△町(村)から北海道へ移住。まずは、移住地(受入地側)の資料を探します。北海道のどこへ移住したのか。定住したのか転々としたのか。出てくる地名の郷土史をかたっぱしから読みます。なるべく古い町村史がお薦めです。この段階で戸籍をさかのぼれる場合があります。

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こんな感じで家族まるごとわかっちゃったりします。
近くの図書館でみつからない場合は、探して取り寄せてもらえるので相談してみましょう。

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広部農場(東川町)


 旭川周辺で何か面白いところはないかとネットで探していたところ、東川町に広部親交会館なるものをみつけました。「何?何?」さっそく訪ねてみました。行けばわかるだろうと思ったのは大きな間違いで、東川町役場で聞き、地図(方位、縮尺不明)をかいてもらい、やっとのことでたどりつけました。広部親交会館、園田仁右衛門翁碑、農場開拓神社は同じ敷地内にありました。所在地がわかりましたので、法務局で土地台帳を確認しました。ここではじめて、広部農場の由来がわかりました。さらに詳しく調べるために、図書館へ行きました。『東川村史』『東川町史』『ふるさと東川』『東川村発達史』により広部農場の概要がわかりました。思わぬところから広部観音のこともわかりました。時間旅行も楽しめる中身の濃い旅行となりました。

広部農場
 西1号より西8号、北3線より北7線の間に跨り、地積271町4畝19歩、平坦なる耕地である。この地は明治29(1896)年岩本岩太郎が貸付をうけたもので、同36(1903)年成功付与の許可をえ、後38(1905)年広部清兵衛に売渡したものである。同農場のこの期末(明治42年1909)の開耕地は、水田170町歩余、畑31反余で、なお未墾地を残している。小作人は本小作63戸、従小作27戸、計90戸に達し、なお続々入小作をみている。農場監督は園田仁右衛門で、その下に六名の部長がおかれている。『東川村史』

#広部農場(東川町)#広部拓殖合名会社 #広部清兵衛

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弁財船

Author:弁財船
札幌市北区北13条西4丁目
北大13条門の前にあった
おいしい食事とお酒のお店、
弁財船は、閉店しました。
ありがとうございました。
営業時間:11:30-23:00
日祝定休
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