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オタモイの広部さん

オタモイ地蔵尊へ行く途中にある、広部幸太郎さんが建てたお堂の話。

お堂に集まる小さな地蔵

#広部幸太郎
お堂に集まる小さな地蔵 十数体、供物も オタモイ
07/04


オタモイ1のお堂にある等身大の地蔵と子宝を願う人らが納めた地蔵

 小樽市オタモイ1に立つお堂に、大正時代に建てられた高さ約1・5メートル、土台を含めると約3メートルになる等身大の地蔵がまつられている。6月28日には建立者の孫や家族、地域住民らが年に一度のお参りをした。周りには子宝を願う人や幼子を亡くした人らが納めた小さな地蔵が十数体並び、今でも花や菓子を供えていく人がいるという。(中野訓)

 地蔵は、市内でテニスクラブを経営する広部隆夫さん(64)の祖父で、養鯉(ようり)業を営んでいた幸太郎さんが、水を大切にするとの思いを込め、清水の湧き出る場所に建立した。

 広部さんの家族は6月24日を「お地蔵さんの命日」として、毎年僧侶を呼んで参拝している。今年は同行者の都合で28日に訪れた。6月24日を「命日」とした理由ははっきりしない。

 周りに小さな地蔵が置かれるようになったのは、海岸の絶壁の下にあり「子宝に恵まれる」と信仰を集めたオタモイ地蔵尊(オタモイ4)と関係がある。

 広部さんが生まれたころ、多いときで1日数百人がオタモイ地蔵尊を参拝。その途中で幸太郎さんの建てた地蔵に立ち寄り、子宝を願ったり亡くした子供を弔うため、小さな地蔵を置いていった。広部さんが子供のころ、小さな地蔵は30~40体もあり、お堂の台からあふれていたという。

 その後、参拝者が減るとともに小さな地蔵も減少。毎年、海水で地蔵を洗いに来ていた60、70代の男性が昨年1体引き取り、17、18体が残るだけとなった。

 広部さん一家には、等身大の地蔵を建てたとき、顔は正面を向いていたと伝えられているが、現在はわずかに左の方を向いている。その方向にはオタモイ地蔵尊があり、広部さんは「ご本尊さまを慕っているのでしょうか」と穏やかな口調で話した。
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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

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