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藩政改革と館城の築城

 従来は漁業一辺倒の藩であった松前藩が、狭められた領地のなかで、農業開拓によって藩財政の強化を図ろうとした。その最も注目した地域は厚沢部川流域(厚沢部町・江差町)、天の川(上ノ国町)、知内川流域(知内町)で、この流域の造田開発を強力に進めようとし、その拠点として館城(厚沢部町字館)を築こうというものであった。
 この開発と館城築設の計画は前藩主崇広の時代から行われていて、文久三年(1863)家老下国弾正の調査の際「本年ニ至リ千間(軒)麓ヨリ館村曠野ニ至ル間道開鑿ハ、万ニ一非常外国軍艦ト砲台ト戦端ヲ開ク場合ハ、福山ハ海岸ニシテ要害ヨロシカラス、館曠野ヘ営柵ヲ造リ山手通御密行ノ目的ナルヨシ弾正氏ヨリ内密洩シタリ」(工藤丹下長前履歴書)としていて、その際は農業開発よりも防衛を中心としたものであった。

『福島町史』
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