坂本龍馬 寺田屋事件後の足取り記録 奉行所の報告書発見

いくらだったんだろう…。
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伏見奉行所から京都所司代へ出された「寺田屋事件」に関する報告書の写し(右から4~5行目に「坂本龍馬所持至款写取奉差上候」とある)=高知県立坂本龍馬記念館で2009年12月15日午前11時6分、千脇康平撮影

12月15日21時23分配信 毎日新聞

・坂本龍馬 寺田屋事件後の足取り記録 奉行所の報告書発見[photo](毎日新聞) 12月15日21時23分
・<坂本龍馬>寺田屋事件後の足取り記録 奉行所の報告書発見[photo](毎日新聞) 12月15日20時54分
・龍馬は要注意人物、寺田屋事件で奉行所報告書(読売新聞) 12月15日16時58分
・「龍馬は左腕に傷負い、逃げた」 寺田屋事件の報告書発見[photo](産経新聞) 12月15日15時38分
 坂本龍馬が伏見奉行所に襲撃され重傷を負った「寺田屋事件」について、事件直後の龍馬の足取りを詳細に記した同奉行所の報告書の写しが見つかり、15日、高知県立坂本龍馬記念館が発表した。同事件に関しては、これまで龍馬の手紙などでしか伝わっていなかったが、幕府側の資料が見つかるのは珍しいという。

【龍馬をドラマで】龍馬伝:福山雅治・龍馬、“福山”で撮影開始「新しい龍馬像作りたい」 広末も「かっこいい」

 報告書は2通で、京都所司代にあてたもの。手負いの龍馬が薩摩藩邸に向かう途中、「村上町」(現在の京都市伏見区)にある「近江屋三郎兵衛」の「材木納家」に逃げ込んだと記載されており、特定されていない詳細な場所が分かる可能性があるという。材木納屋には血に染まった所持品を残していたとの記載もあった。

 また、龍馬は逃げる際、寺田屋に書類を忘れており、報告書には「坂本龍馬所持至款写取奉差上候」(坂本龍馬が持っていた書類の写しを差し上げます)と記されていた。

 報告書は京都土佐藩邸が集めた1854~66年の資料計574点の中から見つかった。資料を手放そうとしていた京都市の収集家から土佐歴史資料研究会のメンバーがいったん購入し、同県が今月買い取った。

 資料を分析している土佐山内家宝物資料館の渡部淳館長(46)は「単なる回想ではなく、同時代の人が書いたもので臨場感があり、文章が躍っている。これからのドラマや本はもっと細かく描けるようになるだろう」と話している。【千脇康平】
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